思いもかけず青野社長から独立開業を持ちかけられ、大好きな仕事を続けられるようになったと話す、長野で3店舗経営のオーナー、加藤真由美さんにお話を伺いました。

26歳の若さでフランチャイズオーナーになられたきっかけは?

オープニングスタッフとして入社。泰誠館に入社したキッカケは?

浜松に引っ越して間もない頃、当時23歳でした。たまたまTAiSEiKAN
のオープニングスタッフ募集の記事を見て応募しました。

前職は同じように人を癒す仕事だったので、ここなら自分の経験やスキルを活かせると思ったんです。
新店舗はイオン浜松西店にオープンしました。

何よりこの仕事が好きだったし、実際に診て触って、自分の技量でお客様を喜ばせることができる、ラクにして差し上げることができるという点に魅力を感じました。
この感覚は今も新鮮に思います。

オーナーになられたきっかけは?

浜松での仕事が軌道に乗り、さあこれからという時に体調を崩してしまったんです。
お店に迷惑は掛けられないし、一人でずっと悩んでいました。

地元に帰ることも考えましたが、長野にTAiSEiKAN はないし、どうしよう・・・
みたいな。
そんな時、青野社長に言われました。
「チャンスは自分でつかむもんだよ」
「地元にTAiSEiKAN がなければ、つくればいいんじゃない?」って。

青野社長には、浜松で入社した頃から公私共にお世話になってきました。
面倒見がいいし、私にとって実の兄貴のような頼れる存在。

そんな憧れの人から、長野出店のお話をいただいた時は、嬉しいと思う反面、生半可な気持ちでは絶対できないと思いました。
けれど、オーナーになることに迷いはありませんでした。
人と接することが好きで、もともとお店をやりたいという気持ちもありましたし、何より青野社長のご恩に報いたいという想いがあったからです。

出店の話がいよいよ現実になると、資金の調達や銀行でローンの組み方など、初めての経験に色々戸惑いました。
けれど、青野社長はじめ、エリアマネージャーが密にサポートして下さったおかげで、無事、出店までたどり着くことができました。

独立は大変でしたか?

独立したのは26歳の時です。長野のアピタ飯田店を開院しました。
その4年後の30歳の時はアピタ伊那店。32歳の時には、イオン飯田店をオープンしました。

独立したての頃は、一つのことをやるのに精一杯で、任された店を盛り立てていくことに必死でしたから、まさか三店舗もオープンさせていただけるなんて思ってもみなかったですね。

けれど、気持ちはいつまでも初心のままですよ。
店の奥(バックヤード)には、青野社長とスクールからいただいた花の色紙を飾らせてもらってます。
そうすることで、いつも守られている感じがするんです。

時には自分の考えを後押ししてくれたり、時には心の支えになってくれたり、独立した今でも、心に近い所にいると感じていたい。

経営者として、まだまだ勉強することはたくさんあります。

そんな時、サポートがあるというだけで大変心強いですね。

経営でご苦労されたことは?

苦労を苦労と感じたことは一度もありませんね。

そもそもこうして独立できたのも、オープン当初から支えてくたスタッフや従業員さんのサポートがあったからこそで、自分ひとりでは、到底成し得なかったことです。

「スタッフがいるから今の自分がある」という意味では、スタッフの育成に一番力を注ぎたいですね。
スタッフの満足度がお客様の満足度につながり、そこから利益も上がるので、一番の要だと思います。

功績が認められて
社内での受賞経験は?

これまでオーナー賞を二度頂きました。
一度目がアピタ飯田店で、二度目はちょうど去年です。嬉しかったですね。

二度目は特に感慨深いというか、常に邁進してきたので、その功績が認められたときは「やったー!」という感じでしたよ。

青野社長とは今でも会われますか?

社長は最も身近な存在

今でも青野社長と会われますか?

よく電話したり、会って話をしますよ。相談はもちろん、たわいもない世間話やプライベートなことまでね。
「独立したからあとはご自由に」みたいな関係ではないんですよ。

社長というよりは同士、仲間というか、いつも同じ目線で見てくれる人ですね。

だから、こちらも肩の力を抜いて普通に話ができるんですよ。

恋愛の話や結婚の話、美味しいご飯屋さんの話まで、何でもです。
青野社長には感謝の一言に尽きます。

社長と出会えたから今の自分があるので、この人のために、仲間と一緒に頑張ろうって思えるんです。

今後の目標は、長野に店舗を増やしていくことです。スタッフが働きやすい環境を作って、ハンズコーポレーションを更に盛り立てていくことが私の使命だと思っています。

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